2006年12月13日 (水)

コールドゲーム/萩原浩 ~突きつけられるもの~

読み終えるとシンプルな構成、シンプルな展開。驚きをはらみながら大団円を迎えるラスト。ただし溜飲が下がるかどうか、納得がいくかどうかは読者による。重いのはテーマでなく題材。学校。いじめ。友情。親子。恋愛。

主人公は高校生。登場人物のほとんどは高校生。無意識のうちにせつなくも爽やかな青春ミステリーを想像して読み進んでいた。作者もその狙いか。

青春は悪くない。若さゆえの過ちはある。子供は子供。やがて大人になり気づくはず。間違った行いに。無作為の暴力に。だがやがて大人になれなかった子供はどうなるのか。その子供の想いはどこに行くのか。誰が受け止めるのか。周りの子供は成長し、時間は記憶を風化させる。風化できない気持ちを持ち続けるものもいる。その気持ちは誰がに非難できるのか。

シンプルとは直情的。子供にはわからない。その悲しみの大きさゆえの激しい行為の正当化。

ミステリーでは当たり前の「人が死ぬ」というフィクション。その展開がリアルに突きつけられる読者もいるはず。その展開に、ラストに納得できるか。誰もが共感できるわけではない、拡がりを持てないストーリー。評価は読者に突きつけられる宿題となる。

2006年12月10日 (日)

川の名前/川端裕人 ~カワガキとは~

どこに住んでいますか。地球。アジア。日本。本州。その次は?

川は流れていますか。足元に。

僕は桜川、私は神崎川。川はどこかでつながっている。水は海でつながっている。この川とアマゾンはつながっている。足元は世界へつながっている。

最後に川に行ったのはいつですか。少年のころですか。最近ですか。

少年の視点を覚えていますか。眩しさや悔しさや高揚感と不安感、憧れと誇り、やさしさとせつなさが詰まった日々のこと。

今一度、触れてみてはどうですか。「川の名前」をつけることで、自分は世界とつながります。

2006年12月 3日 (日)

みんな一緒にバギーに乗って/川端裕人 ~がんばれ保育士さん~

保育士さん。昔の言葉でいうと保母さん・保父さん。お子さんのいない方々あるいはお子さんがすでに大きくなった方々にはあまり接することのない職業の方でしょう。

筆者はどうも子育て真っ最中に彼女・彼達の仕事振りに触れたようです。興味を持って保育士さんの奮闘をあたたかく描いています。

子供を介するとわからなくなってしまうことがあるけれど、保育士さんも、幼稚園の先生も、学校の先生も、あたりまえのようにみな人間。悩みもするし恋もする。病気にもなるし落ち込んだりする。新人もいればベテランもいる。中堅どころでもミスをしたりする。

もちろん生命に関わるようなミスは許されないけれど、親も少しはどっしりとかまえていたい。子供に間違いがあるように、大人にも間違いはきっとある。大切なのは保育士(先生)がまちがえたときに親がまちがえないこと。親がまちがえたときに保育士(先生)がまちがえないこと。当たり前だけど信頼関係を築くこと、人間同士なんだからね。

子育てとか教育とか、ほんとうはとても高尚で荘厳な営みなのです。泥くさくてめっちゃ疲れるけど。そんな奮闘ぶりをうまく画いている作品です。子育て中の人には共感を持って読んでもらえると思います。子育て中でない人、に訴えかけるには若干弱いかな、という気がしますが。保育園の主役である子供についてもう少し書き込めればよかったかな。

2006年11月25日 (土)

学校崩壊/河上亮一 ~正しいのは何か~

昨今の問題。いじめ。自殺。履修漏れ。教育の問題。

誰が悪いか。教師。校長。学校。教育委員会。文科省。

筆者は述べる。悪いのは「社会」です。「社会」とは何か。われわれである。私でありあなたである。親であり教師であり地域である。子供であり生徒である。

それはなぜか。教師は人間である。生徒も人間である。人間だから学校以外で何してすごす。生徒が学校ですごす時間はせいぜい数時間/日。休みを均せばもっと減る。年間の授業時間数より、テレビを見ている時間の方が多い。こども一人には親が通常二人いる。そんな中で一人の教師が四十人の生徒に何ができる。

教師の責任逃れの言い訳か。負け犬の遠吠えか。真実はどこにあるのか。個性・自由・独立。すばらしく実現したいキーワード。義務・強制・権力。教師がほしがるキーワード。

時代は振れる。管理から自由へ。自由から監視へ。体罰からゆとりへ。ゆとりから排除へ。着地点はどこになるのか。バランスを見ながらおそらく着地する。時代時代で異なるのは当たり前。自分が通過する期間はどちらに時代は振れていたか。自分の子供が過ごす期間ではどうなのか。気になるのはもっぱらその点である。

おそらく正解はない。解決策は百の問題に大して百通り。しかし大切なのは百の解答があると知ること。おそろしく厳しい答えもあればやさしい対処もあるはず。だから教師だけでもなく当然文科省だけでもない。われわれすべてが、負っている責任があるということが、この本を読むとよくわかる。

2006年11月20日 (月)

夏のロケット/川端裕人 ~大人の力と少年の想い~

登場人物が絶妙。それだけで引っ張られてしまう。天才的なひらめきと頭脳でロケットを設計する彼、少しニヒルにかまえながらも職人的なしつこさと高度な技術で実際にロケットをつくりあげていく彼、世渡りのうまさと人当たりのよさと人脈でプロジェクトののマネジメントをする彼、超売れっ子ミュージシャンでありながら宇宙に対する憧れを失わない彼、そして彼らの仲間から外されかけながらも彼らからは最後には必要とされる語り部の彼。そして彼らの魅力に取り付かれバックアップしていく彼女。

悪役が登場しないのも特徴か。悪役が強調されればよりハリウッド的になるところ。作者はあくまで彼らの物語として完結する。ミステリーでもない。謎はなく、あっても簡単に解決される。高校生であった彼らが、大人になり、大人の力を得た時にふと気づく。

「あれってできるんじゃない?」

きっとできる。だってそう思ってた。金とほんの少しの経験と、夢を共有できる人のつながりと知識があればね。だからできた。彼らにはできた。読後感爽やかなサクセスストーリー。

最後まで読み終えたあと、最初の数ページを読み返してみる。すこしできすぎた伏線。でもこういうの結構悪くない。

2006年11月18日 (土)

センセイの鞄/川上弘美 ~寒い日のあたたかい部屋で~

元センセイと元教え子のツキコさんの恋。

センセイは背筋が伸びていて、言葉遣いがていねいです。歌をたしなみます。手酌が好きです。お酌が上手なのです。奥さんがいましたが出奔しました。国語の先生でした。いつも鞄を持っています。山登りにも持って行きます。

ツキコさんはどちらかというと控えめな方でしょうか。マイペースです。お酒はけっこういけます。恋をしたことも何度もあります。でも独身です。仕事をしています。

居酒屋のサトルさんの店で二人の恋はすすみます。お酒を飲みます。食事をします。やがてサトルさんに誘われきのこ狩りにいきます。花見にもいきます。すこしづつふれあう時間が長くなります。

恋はいくつになってもはがゆいものなのでしょうか。すくなくともこの二人はとてもはがゆいです。センセイにライバルが現れてイライラしたり、しばらく会わない時期が続いたり、でもやっぱり。好意をいだいてくれる同級生に誘われたり、センセイの奥さんに嫉妬したり、でもやっぱり。そのせつなさやうれしさが、ゆるやかな文章によりゆるやかに伝わってきます。

そして時はいつでも残酷です。センセイは常に年上です。ツキコさんも歳をとってきましたがセンセイはもっと歳をとりました。だからセンセイは先にいきました。ツキコさんが行くのはもっとあとでしょうか。でもセンセイの鞄があります。いっしょにすごした時間があります。時間を鞄の中に入れておけば、きっといつでも会えると思うのです。

とてもシンプルなお話です。あらすじにすれば数行でおわり。たいした事件は起きないけれど、たいした山場はないけれど、ゆっくりと、ひとりで、寒い日に部屋の中であたたまりながら、読みたい小説です。

2006年11月13日 (月)

隠蔽捜査/今野敏 ~原理原則と人間と~

警察小説。ミステリーというフィールドに、出世、人事という人間臭いファクターを加味し、国・都市・官僚というシステムゆえの妙味を加えた一ジャンル。きわめて日本的な世界。

その世界の中でいかに人間を表現できるか。その世界だからこそいかに人間が浮かびあがってくるか。作者のこころみは半分成功。半分未了。

おそらくは主人公が強すぎること。要領がよすぎること。原理原則にしたがいすぎること。作者は誰もが納得するエンディングのために、スケープゴートを仕立て、主人公は苦悩ののち正義の味方となる。人間臭くない主人公こそ、人間として正しい道を歩む。それはそれで正しい。ただ大団円になる必要はなかったか。

僕たちは大団円からほころびる部分にリアリティを感じないか。より人間臭くないか。誰もが主人公のように原理原則にしたがうことはできる。ただ原理原則を持っていればね。原理原則をもっていないのが大多数のぼくたち。官僚でないから当然といえばそれまでなのだけれども。

2006年11月 9日 (木)

7つの習慣/スティーブン・R. コヴィー ~覚書~

覚え書きとして。①主体性を発揮する。②目的を持って始める。③重要事項を優先する。④Win-Winを考える。⑤理解してから理解される。⑥相乗効果を発揮する。⑦刃を研ぐ。

2006年11月 2日 (木)

古道具 中野商店/川上弘美 ~そうは見えないけど幸福~

言葉で空気を作り出せる。言葉で人をつむぎだせる。小説家の真骨頂。

主人公はどんな女性だろう。いそうでいなくて、いなさそうでいる。まじめでアートで。明るすぎず暗すぎず、ちゃんと人と話ができて、仕事もこつこつして、同世代よりも年上の人となぜか話があって、携帯は使いすぎないけどきちんと使えて、PC(ピーシー)もできるけど古道具屋ではたらいている。

そんな彼女が好きになる彼はどんな男性だろう。すこしなまり(?)か口調が変わってて、コツコツ地味な仕事をいとわなくて、絵がむちゃくちゃうまくて、あれは得意ではなくて、不器用で、冷たいところもあって、いつのまにか仕入れの仕事はまかされてて、将来いつのまにかウェブデザイナーになってるけど、いまは古道具屋ではたらいている。

そんな古道具屋ではたらく主人はどんな人だろう。結婚を3回しているけど愛人もいて、彼女のことが好きだけどなぜかあいそをつかされて、店をたたむけどやっぱ古道具が好きで、でもまわりからはそんな風にみえなくて、店を再開するとけっこう人が来て、なんか周りからはあいそつかされてない。

主人の姉も古道具屋ではたらいていて、彼氏がいるけど不倫で、でもすごい彼が好きで、好きとセックスについて考えていて、芸術家(?)で、恋愛については一言持ってて、おそらく一緒にいたら慣れるのには時間かかるけど悪い人じゃない。

そんな人たちのお話です。一気に読めるわけじゃないけれど、少しずつ中野商店に慣れていくと離れるのが残念になります。何回も読み返したいわけじゃないけれど、いつかまた読んでみたい。

そんな、小さな佳品です。

2006年10月31日 (火)

陰日向に咲く/劇団ひとり ~長い小話~

まあ、こんなもん?いいよ。おもしろいよ。売れるよね。きっと。雰囲気あるし。でもさあ、そんなにちやほやする本でもないよ。小説かなあ、長い小話のような気がする。おもしろい!より、うまい!座布団一枚っ!て感じの。芸人だからよいのだけれどね。最後のオチを考えついたあとに小説書いてる感じがするね。だから読めるんだよね。途中はオチのためにあるから読んでいるとオチが早く読みたくなる。オチも結構オチているから面白いよね。でも小説である必要ないね。小話とか、コント、短編ドラマでも結構シュールで成立しそう。連作の小説で少しずつつなげているのはどうかなあ。構成としては必要ないと思うけど、ないとあまりにも弱い短編がうきぼりになるのかも。以上。

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