2008年9月 7日 (日)

空の中/有川浩 ~腑に落ちる、よくできた小説~

爽やかなタイトル。
中身も爽やかな小説と思いきや、
いい意味で裏切られる小説。

中身はSF・ミステリー・冒険・そして恋愛と盛りだくさん。

導入部はミステリー?
不思議な動物とともに現れるSFチックな展開。
恋愛要素も大人編・少年少女編と入ります。
少年の成長、も大切な要素ね。

やがて物語要素は政府や政治、先端研究まで広がると、
ラストで急速に家族愛へ絞り込んでいく。

これだけ要素が混在すると収束するのは難しそうだが、
うまく腑に落ちて漏れのないように描かれています。

登場人物もパターンにはまっていはいるものの魅力的です。
欲を言えば岬美由紀にそっくりなパイロットの彼女の活躍シーンが
もう少しあればよかったかも。

でもまぁ満足できる小説でした。

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空の中

2008年8月18日 (月)

シドニー!/村上春樹 ~ちっとも楽しそうじゃないけど得るものはある~

元来この作者はスポーツ好きである。

というより、ある特定のスポーツにまつわる風景が好き、といったほうがよいかもしれない。(彼が小説を書くことを決意したのは神宮球場のヤクルトの試合中なのは有名は話しだ。)

とはいえ、彼のスポーツにまつわるエッセイというのは意外と少なく、前述の「走ることについて語るときに僕の語ること」とこの書くらいか。

Numberというスポーツノンフィクションの世界では雄ともいえる雑誌にて企画されたこの連載にて、作者は徹頭徹尾、オリンピックというものに懐疑的である。その成り立ち、(好むと好まずにかかわらず持ってしまった)意味、意義。それらを学習はするけれども深入りしようとしない。見るのはオーストラリアと、オーストラリア人と、そこに集う数多くの人々、そして与えられた、勝ち取った場で、すべてを出し尽くす競技者たち。

そして彼の懐疑的な視線を超えて、現れてくる(スポーツだけが持つ)美しい瞬間。

まぁなんだかんだいって、アスリートたちが競う瞬間はかけがえなく美しいし、どんなフィクションもたちうちできない時空間を形成する。スポーツに関する書ってそれに尽きてしまうところはあるのだけれど、そこにたどりつくまでにはその数十倍の凡夫な光景を見てすごさねばならない。(シドニーのビーチバレーとかね。)

日記形式のこの書は、その感情を同時進行系で味わえるのがよいかな。

と思いながらあまり面白くもない北京の高飛び込み競技を見ています。

(バンコクではなぜ飛び込みばかり中継するのか不明。)

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シドニー!

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2008年8月15日 (金)

走ることについて語るときに僕の語ること/村上春樹 ~走ることについて~

走る人。

走らない人。

この本に関しては、読者によりその受け止め方が大きく異なるであろう。

走る人、は「走る」ことについての作者の真摯な取り組みと深い考察に共感し、

走らない人、は「語る」ことについての作者の(珍しくも)飾らない言葉の意味を追い求める。

ちなみに僕は「走る」人。(初心者ではあるけどね。)

走ることを知ると、ここで作者が語っている言葉は、幾多のメタファーを交えようと(村上エッセイのチャーミングな魅力!)、ダイレクトに心と体に届いてくる。

走らない人にとっても十分魅力的なエッセイだとは思うが、このダイレクトさはやはり読者を選ぶのではないだろうか。

そのことに作者は気づいていたであろう。ただし数十年走り、語りつづけてきた彼は、どこかで「走る」ことについて、「走る自分」について「語り」たかった。

わずか数ヶ月間走っているだけの僕の想像も、あながち間違いではないと思う。

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走ることについて語るときに僕の語ること

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2008年6月29日 (日)

重力ピエロ/伊坂幸太郎 ~清々しさの発露~

お洒落で片付けたくなくはないよね。

相変わらず生々しくない伊坂作品の登場人物も、悩みや苦しみは当然持っている。

それが描かれていないのは作者が描いていないだけ。泉水も春も父親も母親も、みな苦しみを抱えているのは間違いない。それはあまりにも当然だから作者は描いていないだけ。

「当たり前でしょ?」

この作品とコインロッカー、そして以降につながる作者の作品経緯、彼が何かをつかんだ、あるいは受け手が受け入れることができる鷹揚さが作品に生まれだした、そんなエポックメーキングとも言える作品。

正直ミステリーの謎解きは強引だし人の死が小説の香辛料として安易に使われている気もするが、謎解き以外の完成度と奥行きはかなり高まってきている感じ。

もう一歩、もう一歩。

相変わらず期待したくなる作家である。

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重力ピエロ

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2008年6月23日 (月)

アメリカ素描/司馬遼太郎 ~文化と文明~

食わず嫌いという言葉がある。

普通は食べ物に使う。しかしまれに作家に対して使うことがある。

私にとっての司馬遼太郎がそうであった。あまりにも有名ゆえ、あまりにも国民的作家ゆえ、あまりにも大家ゆえ。

そしてあまりにも年上のおっさんが勧めるがゆえ。

しかしはじめて読んでみた。それなりに面白かった。私も年をとったのだろうか。

司馬史観なる言葉があるらしい。日本の歴史の見方として、確立した世界を描きそれが一般に広く受け入れられているのは何ゆえか。

本書は作者がアメリカを初訪問したときのエッセイである。もともと海外紀行が得意ではない(欧米が得意ではない)作者の文章ゆえか、よく言えば肩肘はらない、ある意味力の抜いた文章でアメリカの日常の世界が描かれている。

エッセイとしてはそれは悪いことではなく、旅行者よりは踏み込み、生活者よりはひいた視点でこそできない描き方があるものである。またアメリカを移民国家として常に意識し、アメリカ人の民族的ルーツや宗教的背景からアメリカの20世紀を語っており、歴史家としての作者ならではの強みをあらわしている。

興味深い、ただし面白くはない。それがまだ私の作者への距離感。ただしもう少し彼の書物を読み進めてみようとは思う。

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アメリカ素描

2008年6月10日 (火)

生物と無生物のあいだ/福岡伸一 ~科学の表現とそれ以外の表現~

美しい読物です。

生物という美しい事象を扱いながら、科学の厳密性ゆえにあまりにも即物的な形態をとる書物(いわゆる教科書ですね)が多い中、この作者は科学的な厳密性を下敷きにしつつも、生物学の歴史(特にいままで現代的ゆえに多く語られることのなかった分子生物学史)を縦軸に通し、ふんだんな周辺の事象(NY・ボストン都市考察等)を横糸に散りばめ、学問の最先端を紹介しながらページは進んでいく。

読者は生物学の知識が極めて乏しくとも(0とは言わない)、作者の豊富な隠喩や教科書的解説により、決して科学的真実からは離れないよう距離感を定められている。

しかしながら、この本の魅力をなすのはあくまでも作者の文学的資質であるのではないか。

上記の美しい科学を、決して平易ではない言葉を用いながら、わかりやすく、なおかつ美しく表現できる作家を私は他に思いつかない。

分子生物学の名著はドーキンスの「利己的な遺伝子」をはじめ多々ある。

ただそれらの著書は、正直一般的な視点から見ると、結論にいたる道程が長すぎる。言いかえれば難しく語りすぎている。(科学的な厳密性を追及すればそうなるのはわかります。)かといって竹内久美子(「そんなバカな!」)までいくと単なるエピソード集で終わってしまう。

この本はドーキンスのその前後を知りたく、竹内久美子に満足できない、分子生物学(あるいは遺伝学)に興味をお持ちの方にお勧めです。(もちろん、普通のノンフィクション好きの方にもお勧めです。)

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生物と無生物のあいだ

2008年6月 8日 (日)

やがて哀しき外国語/村上春樹 ~異国に住むとよくわかる~

異国に暮らすこと。

外国語を学ぶこと。

いずれも日本にいれば憧れること。でも実際異国ではストレスの連続。作者はそんなカルチャーギャップを軽妙に描いていく。

日本、アメリカ。その両国のどちら側にも立つことない、その絶妙なバランス感覚が面白い。遠い太鼓でもそうだけど、旅行だけでなく住むことで見えてくることって必ずある。

年をとると外国語を学ぶのがおっくうになる、というくだり。

異国に住むとほんとその通り。30%言葉がわかったら50%の意思は通じます。50%通じたらもう十分。同じ言葉でも70%しか通じてないと思うしね。結構うなずけます。

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やがて哀しき外国語

2008年6月 1日 (日)

フェルマーの最終定理/サイモン・シン ~ファンタスティックドキュメント~

タイトルだけなら小難しい。

誰もが一度は聞いたことがある(かもしれない)この言葉。

「いったい何?」

それは数学界に残された最後の超難関。

それは数多くの数学者たちを魅了し虜にし、人生をかけた天才たちの挑戦を何度となく退けてきた最終定理。

手にとるときは少々迷う。「数学?わからない?難しい?」

心配無用。その意味は知らなくても理解できなくても、十分に楽しめるこの作品。

サイモン・シンという稀有な書き手の瑞々しい文章が、一つの難関に挑んでいく天才たちのドラマと、その向こうに横たわる数学の歴史を、史実に基づきながら、数学の厳密性を可能な限り損なわない程度にファンタスティックに書き込んでいく。

私が知っていたのはこのタイトルの言葉とそれを最終的に証明したワイルズという数学者の名前のみ。しかし彼の前に横たわってきた、数多くの先達の偉大な考証の積み重ねの上にワイルズは立っていたのだ。オイラー、クンマー、ジェルマン、谷山、志村・・・

名前すら知らなかった彼らの生、数論という純粋な世界、歴史のつながる果てに完成するドラマ。

ワイルズが証明を完成させる瞬間。シンは類まれな描写力で書ききっていく。それはこどものときの夢をかなえるという当たり前のドラマが、歴史を変えた瞬間だった。

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2007年8月11日 (土)

黒と茶の幻想/恩田陸~ノスタルジックミステリー~

かつての学生時代の友人。いまも友人。4人で出かける旅。彼らの過去。残されていた謎。彼らに何があったか。何が起きたのか。山中の旅の中、明らかにされていく謎。明らかにされていく真実。

複雑な関係。かつての恋人たち。掘り下げられる内面。突き詰められていく内面。真実はどこにあるのか。やがてなされる告白。彼らはどう真実に向き合っていくのか。彼らはこれからどこに向かうのか。

彼らはどこにも向かわない。彼らは戻る。それが旅であり、人生である。

彼らは互いを知っている。多感な時期を過ごした仲間として知っている。だが知らずにすごしてきたこと、それが謎となり彼らの人生に影を落とす。

影は晴れるのか。旅の中、語られる真実。旅を振り返るとき。彼らの過去を振り返るとき。何が彼らに残ったか。そしてやがて、前を向いて歩いていく。太古の杉。伝説の桜。美しき謎の記憶とともに、確かな再会を約束して。

2007年6月 5日 (火)

返事はいらない/宮部みゆき~目立たないけど大切な作品~

時代小説、推理小説、社会派。いくつもの側面を持つ作者の、初期の短編集である。近年の彼女の小説のボリューム(文庫で1冊におさまることはまずない)からすると、文庫で280ページ程度のこの小品は、あっという間に読み終えてしまえそうな薄さに思える。しかしながら読み進むうちに、短いながらも品格と奥行きと兼ね備えた宮部ワールドに吸い込まれ、じっくりとじっくりと読みたく、最後には読み終えたくなくなってしまう小説である。

舞台は東京。さまざまな理由で、さまざまな想いでそこに暮らす人々。犯罪の影も感じられない人たちをまきこんで、あるいはそんな人たちの手で、事件は起こっていく。それは発端は小さな想いであったはず。小さな嫉妬。小さな恨み。小さな悲しみ。小さな苦しみ。そんな想いが東京という都会の中で少しずつ発酵し、やがて小さな事件へと展開していく。

作者の特徴の一つ。登場人物を見つめる視線はあくまでもやさしい。悲しい事件を描きながら温かな想いを感じられるのはそのせいか。彼女はその視線の先に何を見つけようとしていたのか。「火車」へ「模倣犯」へ「理由」へつながる系譜。今となればこれが彼女の原点の一つと言えるのではないか。

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返事はいらない

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