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2008年6月29日 (日)

重力ピエロ/伊坂幸太郎 ~清々しさの発露~

お洒落で片付けたくなくはないよね。

相変わらず生々しくない伊坂作品の登場人物も、悩みや苦しみは当然持っている。

それが描かれていないのは作者が描いていないだけ。泉水も春も父親も母親も、みな苦しみを抱えているのは間違いない。それはあまりにも当然だから作者は描いていないだけ。

「当たり前でしょ?」

この作品とコインロッカー、そして以降につながる作者の作品経緯、彼が何かをつかんだ、あるいは受け手が受け入れることができる鷹揚さが作品に生まれだした、そんなエポックメーキングとも言える作品。

正直ミステリーの謎解きは強引だし人の死が小説の香辛料として安易に使われている気もするが、謎解き以外の完成度と奥行きはかなり高まってきている感じ。

もう一歩、もう一歩。

相変わらず期待したくなる作家である。

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重力ピエロ

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2008年6月23日 (月)

アメリカ素描/司馬遼太郎 ~文化と文明~

食わず嫌いという言葉がある。

普通は食べ物に使う。しかしまれに作家に対して使うことがある。

私にとっての司馬遼太郎がそうであった。あまりにも有名ゆえ、あまりにも国民的作家ゆえ、あまりにも大家ゆえ。

そしてあまりにも年上のおっさんが勧めるがゆえ。

しかしはじめて読んでみた。それなりに面白かった。私も年をとったのだろうか。

司馬史観なる言葉があるらしい。日本の歴史の見方として、確立した世界を描きそれが一般に広く受け入れられているのは何ゆえか。

本書は作者がアメリカを初訪問したときのエッセイである。もともと海外紀行が得意ではない(欧米が得意ではない)作者の文章ゆえか、よく言えば肩肘はらない、ある意味力の抜いた文章でアメリカの日常の世界が描かれている。

エッセイとしてはそれは悪いことではなく、旅行者よりは踏み込み、生活者よりはひいた視点でこそできない描き方があるものである。またアメリカを移民国家として常に意識し、アメリカ人の民族的ルーツや宗教的背景からアメリカの20世紀を語っており、歴史家としての作者ならではの強みをあらわしている。

興味深い、ただし面白くはない。それがまだ私の作者への距離感。ただしもう少し彼の書物を読み進めてみようとは思う。

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アメリカ素描

2008年6月10日 (火)

生物と無生物のあいだ/福岡伸一 ~科学の表現とそれ以外の表現~

美しい読物です。

生物という美しい事象を扱いながら、科学の厳密性ゆえにあまりにも即物的な形態をとる書物(いわゆる教科書ですね)が多い中、この作者は科学的な厳密性を下敷きにしつつも、生物学の歴史(特にいままで現代的ゆえに多く語られることのなかった分子生物学史)を縦軸に通し、ふんだんな周辺の事象(NY・ボストン都市考察等)を横糸に散りばめ、学問の最先端を紹介しながらページは進んでいく。

読者は生物学の知識が極めて乏しくとも(0とは言わない)、作者の豊富な隠喩や教科書的解説により、決して科学的真実からは離れないよう距離感を定められている。

しかしながら、この本の魅力をなすのはあくまでも作者の文学的資質であるのではないか。

上記の美しい科学を、決して平易ではない言葉を用いながら、わかりやすく、なおかつ美しく表現できる作家を私は他に思いつかない。

分子生物学の名著はドーキンスの「利己的な遺伝子」をはじめ多々ある。

ただそれらの著書は、正直一般的な視点から見ると、結論にいたる道程が長すぎる。言いかえれば難しく語りすぎている。(科学的な厳密性を追及すればそうなるのはわかります。)かといって竹内久美子(「そんなバカな!」)までいくと単なるエピソード集で終わってしまう。

この本はドーキンスのその前後を知りたく、竹内久美子に満足できない、分子生物学(あるいは遺伝学)に興味をお持ちの方にお勧めです。(もちろん、普通のノンフィクション好きの方にもお勧めです。)

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生物と無生物のあいだ

2008年6月 8日 (日)

やがて哀しき外国語/村上春樹 ~異国に住むとよくわかる~

異国に暮らすこと。

外国語を学ぶこと。

いずれも日本にいれば憧れること。でも実際異国ではストレスの連続。作者はそんなカルチャーギャップを軽妙に描いていく。

日本、アメリカ。その両国のどちら側にも立つことない、その絶妙なバランス感覚が面白い。遠い太鼓でもそうだけど、旅行だけでなく住むことで見えてくることって必ずある。

年をとると外国語を学ぶのがおっくうになる、というくだり。

異国に住むとほんとその通り。30%言葉がわかったら50%の意思は通じます。50%通じたらもう十分。同じ言葉でも70%しか通じてないと思うしね。結構うなずけます。

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やがて哀しき外国語

2008年6月 1日 (日)

フェルマーの最終定理/サイモン・シン ~ファンタスティックドキュメント~

タイトルだけなら小難しい。

誰もが一度は聞いたことがある(かもしれない)この言葉。

「いったい何?」

それは数学界に残された最後の超難関。

それは数多くの数学者たちを魅了し虜にし、人生をかけた天才たちの挑戦を何度となく退けてきた最終定理。

手にとるときは少々迷う。「数学?わからない?難しい?」

心配無用。その意味は知らなくても理解できなくても、十分に楽しめるこの作品。

サイモン・シンという稀有な書き手の瑞々しい文章が、一つの難関に挑んでいく天才たちのドラマと、その向こうに横たわる数学の歴史を、史実に基づきながら、数学の厳密性を可能な限り損なわない程度にファンタスティックに書き込んでいく。

私が知っていたのはこのタイトルの言葉とそれを最終的に証明したワイルズという数学者の名前のみ。しかし彼の前に横たわってきた、数多くの先達の偉大な考証の積み重ねの上にワイルズは立っていたのだ。オイラー、クンマー、ジェルマン、谷山、志村・・・

名前すら知らなかった彼らの生、数論という純粋な世界、歴史のつながる果てに完成するドラマ。

ワイルズが証明を完成させる瞬間。シンは類まれな描写力で書ききっていく。それはこどものときの夢をかなえるという当たり前のドラマが、歴史を変えた瞬間だった。

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引越し

タイ・バンコクに引っ越しました。

しばらくバタバタして更新できていませんでしたが、これからボチボチ更新していきますのでまたよろしく。

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