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2006年4月28日 (金)

会社はこれからどうなるのか/岩井克人 ~社会科学と想いと哲学~

経済を語ること、は事後の事実の追認作業ではないか。
そう思わせるアナリストの経済書・ノウハウ本はあまりにも多い。
わかりにくいことをわかりにくく書いているとしか思えない書籍の集積。

わかりにくいのは説明に無理があるから。
ということがこの本を読んでいると非常によくわかる。

会社とは何だったのか。
会社とは何か。
会社はこれからどうなるのか。

数字でなく概念で物事を捉えることの当たり前のわかりやすさ。
そして概念が本質を捉えている(多分)から来る事の説得力。

社会、経済の時代的変遷から考察する著者の資本主義の分析は、数字でなく、
データでもない、おそらく、哲学。
「ポスト産業社会の資本主義は【差異】により成り立つ。」

惜しむらくはやはり社会科学は未来を語ることに適していないのか。
これからあるべき会社の姿の提言には一抹の弱さ、希望的観測が入り混じる。
(少し希望が勝ちすぎか。)
でもこれから、今までとは違う資本主義のあり方を、あるべき姿の
資本主義のあり方を、提言したい著者の想いは充分に伝わる。
わたしたちは、その想いを受け取ることができるか。

身近な会社について、ゆっくりと考えざるを得ない秀作である。

2006年4月15日 (土)

砂漠/伊坂幸太郎 ~今までいなかった人~

作家の評価

面白い作家はたくさんいる。
うまい作家もたくさんいる。
読み手のことを考えて書く作家もたくさんいる。
上の全てを兼ね備えた作家も多少はいる。

でも上の全てを兼ね備えながら、

今までにいなかった、

と思わせる作家はほとんどいない。

伊坂幸太郎はそんな作家。
シンプルな思いを仕掛けと文体のみで素敵に説得力を持たせながら
「読ませることのできる」人はそんなにいない。
しかもその文体が「新しい」人。

著者の中では初めての青春小説、と呼ばれているらしいが
著者の中ではあまりジャンル分けは意味がない。
単に小説を、自分が読みたい小説を書いている。

「重力ピエロ」も「アヒルと鴨のコインロッカー」も
「死神の精度」もこの「砂漠」も。多分そう。

最後に少し作品のこと。
麻雀と恋とサスペンスと暴力と悲しみと怒りと、
友情と仕掛けと超能力と。大学生の生活と世の中に対する
怒りと、やはり最後は青春を。味わいたい人に。是非お勧め。

2006年4月10日 (月)

夜のピクニック/恩田陸 ~鼻の奥がツンとする~

実は読んだのは数ヶ月前。

でもまだ読んでいる最中の、読んだあとの、真夜中のピクニックの、少しひんやりとした、少し(露による)湿っぽい、ほんのりと光を帯びた、あの時代の、あの季節の空気の感触が残っている。

私たちは皆あのような空気の中にいたことが、信じられないほど嬉しく、信じられないほど貴重で、でもその時には気づかずに、だからこそ今、誰かに伝えたくなる。

もう一度この本に出会う前に戻ってもう一度読み返したい。

奇跡のような作品。 

2006年4月 9日 (日)

サウスバウンド/奥田英朗 ~この清々しさは何だ?~

何故かモップス(吉田拓郎)の「たどり着いたらいつも雨降り」(子供バンドがカバー)を思い出した。
決してハッピーエンドではない。決して大団円ではない。レジスタンスは成されなかった。資本により自然は破壊される。
でもこの清々しさは何だ?

「心の中に傘をさして裸足で歩いてる自分が見える。」

少年は少年なりに素直で、恥ずかしがりで、母親に頼り、妹を想い、気になる女子がいて、友が好きで、父を煙たがる。
妹はロマンチックに憧れ、母に甘え、兄の後を追いかけ、父を煙たがる。
姉は父を煙たがるが、父を大人として理解する。弟妹を大人として愛する。
母は父を理解する。徹底的に愛する。
父は誰にも媚びない。そして自分を最も理解する。息子に向けて
「俺のようにはなるな。少し極端だからな。」
だが自分の立つべき位置は決して変えない。そしてその位置を家族全員が理解した時、家族の持つ美しさが立ち上がってくる。

家族をとりまく人達も生々しい。どこにでもいそうで、いなさそうな愛すべき人達。

例えこの世が土砂降りでも、心の中に傘をさして歩いていく。周りから見ればびしょ濡れでみすぼらしいのかもしれない。
しかしその心の中が見えた時、彼の姿はあくまでも誇り高く、気高い。

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